Ⅱ 共産党高級幹部の奇怪な出典操作(2004.7.05)
1 党理論委員長・榊利夫氏のトロツキー批判の悲喜劇
誤訳がいかなる珍説を生み出しているかは、すでに中野徹三氏が私たちの共著『トロツキーとゴルバチョフ』(窓社、1987年)所収の「誤訳と「誤解」から生まれた珍説」という一文で指摘していたところであり、私自身も氏に便乗して同じ現象を私なりの視角でとりあげ、検討してみたことがある。「誤訳に拠るトロツキー「批判」」という1987年の一文である(『現代と展望』第26号、1987-冬、所収)。
こんどあらためて、日本におけるトロツキー受容を中心とした「翻訳出版の責任」問題を論じるにあたって、歴史的意味をもつ共産党の「理論活動」について再論することにした。
とりあげるのは『現代トロツキズム批判』という書物である。1968年に初版が発行されており、私がここで参照したのは、1979年発行の第24刷である。発行元は新日本出版社、著者は、1979年当時共産党の理論委員長、「赤旗」編集局長の要職にあった榊利夫氏。書物の刷数からみて共産党内外に相当数の読者をもっていると思われるし、氏の地位からして共産党のメンパーや支持者たちに多大な影響をあたえているはずである。
問題にするのは、「トロツキーとその理論」と題する第1章である。これは党の理論委員長たる榊氏がトロツキーの理論について論じている唯一の章である。その中に「『永続革命論』の哲学的基礎」という一節がある。
その冒頭で榊氏は、「トロツキーは、初期の論文『結果と展望』(一九〇六年出版)において、つぎのようにのべていた」として、その一節を紹介する。なお、この書物は現在(2004年)、絶版らしいので、必要に応じて引用部分の画像もかかげるので、読者も自分の眼で確認していただきたい。
「プロレタリアートは、資本主義の成長とともに成長し、力を増大する。この観点からすれば、資本主義の発展は、執権をめざすブロレタリアートの発展といえる。しかしながら、政治権力が労働者階扱の手に移るべき日時は、生産によって達せられた水準に直接に依存するのでなくて階級闘争の諸関係によって、国際情勢にょって、終局的には、伝統、イニシャティブ、闘争準備などの主体的要素によって決定されるのである」。(下線部分はもとは傍点)
そして榊氏はこの一節を根拠にして次のような判定をくだす。
「右のわかり切ったことを根拠にして、だから発達した資本主義国においてはプロレタリア社会主義革命の『社会的条件は成熟』していると結論づけ、さらに『終局的』な問題はひとえに『主体的要索によって決定される』と断じていくのは、まことにひどい主観主義的な飛躍である」(50-51ページ)。
①「『主体的要素』の『終局的決定』要因論」の構築
氏はこれをトロツキーにおける「『主体的要素』の『終局的決定』要因論」として定式化しさえする(55ページ)。共産党の理論委員長である榊氏のこの理論的作業ははたして適切であろうか?
まず氏がトロツキーの『結果と展望」の一節として紹介している部分について。
そもそもトロツキーの所説は正しく紹介されているか。もしかして歪められてはいないか。その点の吟味からはじめなければならないのは残念だがいたしかたない。
ところで、榊氏はこの一節をどこから引いているのであろうか。
だが榊氏はなぜか出所を示していない。しかし一般の読者は、榊氏のこの文章を読めば、氏が『結果と展望』というトロツキーの著作から直接引用していると考えるであろう。
中野氏は、この引用は、『トロツキー選集』5の訳文とも、1970年刊行の原氏の訳書とも違うから、「おそらく氏自身によるロシア語原文からの直接の翻訳であろう」と判断していた(前掲書127ページ)。
しかし、それは中野氏の買いかぶりだったようだ。この一節は、中野氏が指摘するように、既存の邦訳『結果と展望』(姫岡玲治訳『トロツキー選集』5、初版は1961年)からの引用ではない。また原氏のロシア語からの邦訳は1970年なので、榊氏はそれを参照できたはずがない。
だから、中野氏のように推測するのも無理からぬことである。
だが、実は、榊氏のこの引用文は姫岡玲治訳の『永続革命論』に出てくる訳文にすこぶる酷似している。姫岡玲治訳の『永続革命論』は、『トロツキー選集』5に収録されているものと、のちに『トロツキー文庫』に収録されたものと2種類あり、両者では訳文が大幅に異なっている。榊氏の引用文が酷似している訳文は、後者の姫岡訳のほうである。
トロツキーの『永続革命論』という書物には、トロツキーが自分のかつての著作『結果と展望」の一節を引用しているところがある。
念のために、その姫岡訳の当該部分を示してみる。榊氏の引用文とつきあわせてみてほしい。朱色部分は榊氏の引用と100%同じ文言。あとの部分は榊氏が他の同義語に加工したと見られる語句。
「プロレタリアートは、資本主義の成長とともに成長し、力を増大する。この観点からすれば、資本主義の発展は、独裁をめざすプロレタリアートの発展といえる。しかしながら、政治権力が労働階級の手に渡るべき日時は、生産力により達せられた水準に直接に依存するのではなくて、階級闘争の諸関係によって、国際情勢によって、終局的には、伝統、イニシァチーヴ、闘争準備などの多くの主体的(訳注)要素によって決定されるのである」(訳注の部分は割愛ーー引用者)。(私自身は、現代思潮社が1981年に「決定版第2刷」として再刊したものから引用している;157ページ」)
読者はこれを読みくらべて首をかしげないであろうか。はじめは、なんだまるで同じではないか、という印象をもつであろう。しかしよく読みくらべてみると文章が微妙に違うことに気づくはずだ。そして不審に思うであろうーーいったいこれはなんだ、引用なのか、そうでないのかと。
ご覧のように、榊氏の引用文は90%近くが姫岡訳とまったく同じである。あとの10%の部分での大きな違いは、「独裁」が「執権」と変わっていること (ただし初期の版では「独裁」のまま) と、「直接に」に付されてあった傍点がおちて、代りに「終局的には」以下の全文章に傍点が付されていることである。あとは、「労働階級」が「労働者階級」に、「渡る」が「移る」に、「生産力により」が「生産によって」に変わっていることぐらいである。いやまだあった。「多くの」という語が榊氏の引用文にはない。それだけが唯一の独創である。
引用者が引用文になんらかの手を加えるということはよくあることである。しかしそういうときには出所を明示するとともに、加工責任を明確にするのが普通である。傍点の付加・削除についてさえそうなのであり、語句の修正にかんしてはましてのことである。
しかしそれにしてもこれはなんのための修正であろうか。「独裁」を「執権」とした理由はわかる。共産党が党用語から「独裁」を追放し、それにかわる用語として「執権」を導入することにしたからである。傍点の移動の意図もわかる。しかしあとの語句の修正の意味は?
文章が90%も完全に同じで、.あとの10%もかなり似ているという場合、こういう作業のことをなんと呼べばいいであろうか。普通の意味での「引用」ではない。さりとて自分での「原文からの翻訳」というには姫岡訳にあまりに似すぎている。あえて名づけるなら「改竄的引用」か。それとも「盗訳」か。
しかも、「トロツキーは、初期の論文『結果と展望』(一九〇六年出版)において、つぎのようにのべていた」と榊氏は論じはじめているが、氏はここでトロツキーの『結果と展望』そのものから問題部分を引用しているのでなく、『永続革命論』という別の邦訳書から「改竄的引用」をおこなっているのだ。俗に「まごびき」と言われる作業である。共産党の理論委員長が「改竄的まごびき」で理論活動をすすめているのだ。
実は、このたぐいの「改竄的まごびき」は、共産党最高幹部の不破哲三氏にもみられる(後述)。
つぎに、榊氏が引用する一節をロシア語版の原著『永続革命論』とつきあわせてみよう。
В той же статье (1905-6 г. г.) говорится:
"Пролетариат растет и крепнет вместе
с ростом капитализма. В этом смысле развитие капитализма есть развитие пролетариата
к диктатуре. Но день и час, когда власть перейдет в руки рабочего класса,
зависит непосредственно не от уровня производительных сил, а от отношений
классовой борьбы, от международной ситуации, конец, от ряда субъективных
моментов: традиции, инициативы, боевой готовности...
私なりに訳してみる。
「プロレタリアートは、資本主義の成長とともに成長し、強まる。その意味で資本主義の発展は、独裁に向かってのプロレタリアートの発展である。しかし、権力が労働者階級の手に移行する日と時間は、直接的には 生産力の水準ではなく、階級闘争の諸関係、国際情勢、さらには、伝統、イニシアチヴ、闘争覚悟など一連の主体的要因によって左右される……」
ご覧のように原文では単に「権力」であって、姫岡=榊引用文の「政治権力」の「政治」は原文にはない。
また姫岡=榊引用文の「渡る=移るべき日時」は原文では、単に「移行する」である。
「生産力により達せられた水準」「生産によって達せられた水準」も、原文では単に「生産力の水準」。
「終局的には」も原文では「さらには」とか「最後に」の意。ただしそこで使われているロシア語の конецは誤記・誤植の可能性がなくはないが、現在ロシアのインターネット上のサイトに搭載されているテキストでも、同じなので、あるいはそういう用法もあるのかもしれない。いずれにせよ、「終局的には」などという語義はありえない。事項を列挙したあとの結びのことばとして使われていると見るべきである。
また、姫岡=榊引用文「……水準に直接に依存するのでなくて……によって決定される」と、「依存する」と「決定される」という二つの異なる動詞が使われているところは、原文では「左右される」(訳語は「依存する」でも「かかっている」でも「決定される」でもいい)という一語句であり、邦訳は一種の誤訳になる。
一方、原文の語句ряда(「多くの」)は、姫岡訳では生きているが、榊引用文では脱落していて、榊引用文の独創を生み出しているが、それは誤訳となる。
またロシア語原文から訳出するなら、普通は、「その意味で」と訳されるような語句を「この観点からすれば」としたり、「独裁に向かってのプロレタリアートの発展」を「執権をめざすブロレタリアートの発展」としたりすることはない。もっとも、ここは、かりにそう訳したところで誤訳と目くじらをたてるほどのことではないが。
このように、榊氏の引用文はロシア語原文からの訳出とは判断できない。
独創を演出するための工夫=手品はほかにも見られる。『結果と展望』の発表時期にかかわるものである。榊氏は、すでに指摘したように、「トロツキーは、初期の論文『結果と展望』(一九〇六年出版)において……」と記している。氏は、トロツキーの『結果と展望』という論文が1906年に出版されたことをどうして知ったのか?
姫岡訳では、「同じ論文(一九〇五ー一九〇六年)で……」とある。姫岡訳からの「まごびき率」を小さくするための工夫のつもりかもしれないが、ここはロシア語原文とまったく同じである。榊氏がロシア語原文から訳出しているなら、わざわざ誤訳して、ロシア語学力の乏しさをさらけだす必要がないはずである。考えられることは、少しでも<まごびき率>を減らして、独創性を増やすために結果的に事実をごまかしたということであろう。
しかし、「改竄的まごびき」には目をつぶるとしよう。その内容自体に問題がなければ、実害はないのだから。しかし困ったことには「実害」がないとは言えないのだ。
たぜか? なぜなら「まごびき」された部分に重大な誤訳があるからだ。
榊氏はまずせめてものこと『結果と展望』の邦訳書そのものをひもとく労をいとわないでほしかった。対馬忠行・榊原彰治訳の『結果と展望』(現代思潮社)は、1966年に初版が出ているので、榊氏は現物にあたろうと思えば、できたはずである。そこでは、榊氏が「『主体的要素」の『終局的決定』要因論」なるテーゼをトロツキーに帰す根拠となっている部分は、つぎのようになっている。
「……権力が労働者階級の手に移行する日時は、生産力の到達している水準に直接に依存しているのではなく、階級闘争における諸関係や国際的状況、そして最後に若干の主体的な要因、つまり伝統や労働者の闘争に対するイニシアチーブ及び準備等にかかつている。」(1980年版、61ページ)。
「終局的には」と「そして最後に」!
こちらの邦訳では、トロツキーが「『主体的要素』の『終局的決定』要因論」者であるなどという判定は引き出せそうもない。
問題の部分の訳出では、こちらの訳文はロシア語原文に照らしても、ほぼ正確である。
実は姫岡氏の『永続革命論』の旧訳にも問題の「終局的には」という語句はなかったのであり、なぜ氏が新版の発行にあたってあえてこんなまぎらわしい語句を加えたのか不思議なのである。
そのことはまた『結果と展望』のもうひとつの新しい邦訳によってもたしかめることができる。こちらは『総括と展望』と題されて、原暉之氏によるロシア語からの邦訳で、『第2期トロツキー選集』3(1970年、現代思潮社刊)に収録されている。原氏の訳では、「終局的には」も「最後に」もない。конецのあつかいに困ったせいであろう。
このように、原文からは、またその部分の他の邦訳からも、榊氏が主張するように、トロツキーが、「『終局的』な問題はひとえに『主体的要素によって決定される』と断じて」いるなどという結論は「断じて」出てこないのである。
「人の褌で相撲をとる」ということわざがあるが、共産党の理論委員長はさしずめそれと知らずに穴のあいた人の褌を失敬して相撲をとり、恥をさらしたというわけであり、姫岡氏はその誤訳によってはからずもトロツキーにたいする共産党幹部の理論創造活動ーー「『主体的要素』の『終局的決定』要因論」なるレッテルの発明というーーに貢献したというわけである。
② 「事実上の社会主義到達不可能論」
このたぐいの誤訳の「悪用」はほかにも見られる。これも中野氏がすでに指摘しているところである。それを紹介するとこうである。
榊氏は同じ『現代トロツキズム批判』で、
「……トロツキーの『永続革命論』は、とどのつまり無限の社会主義革命論であり、事実上の社会主義到達不可能論であった。この点については、トロツキー自身が明白につぎのようにのべている」として『永続革命論』の「序論」から次のような一節をとりだして読者に紹介する。
「永続革命論の第二の側面は、社会主義革命をも永続的なものとして特徴づける。無限の長期間にわたって、また不断の内部闘争において、すべての社会主義的諸関係は変革される。」(46-47ページ)。
では出所は? やはり示されていない。
しかし、さきにあげた姫岡氏の『永続革命論』訳書(新版)にほとんど同じような一節がある。
姫岡訳はこうである。
「「永続」論の第二の側面は、社会主義革命をも永続的なものとして特徴づける。無限の長期間にわたって、また不断の内部闘争において、すべての社会的諸関係は変革される。」(121ページ)
こんどは幸い「まごびき」ではなかった! ちゃんと姫岡訳の『永続革命論』そのものから引いてある。しかしやはり同じ現象ーーつまり「改竄的引用」!
念のためにまったく同じ文言を朱色で示しておいたので、比べてほしい。
榊氏の引用文を読むかぎり、読者はたしかに榊氏が指摘するとおりではないかと思うであろう。「社会主義革命」は「無限の長期間」終らないというのだから! と。
問題はどこにあるのか。
トリックはごく単純である。「無限の長期間」という引用語句ーートロツキーに「社会主義到達不可能論」というとてつもないテーゼを帰する重大根拠となっている核心的部分がなんとまたしても誤訳なのである。
『永続革命論』のベルリン/グラニート版のロシア語原著で確認されたい。
Второй аспект "перманентной" теории
характеризует уже социалистическую революцию, как таковую. В течение неопределенно
долгого времени и в постоянной внутренней борьбе перестраиваются все социальные
отношения. Общество непрерывно линяет. Один этап преобразования непосредственно
вытекает из другого. Процесс этот сохраняет по необходимости политический
характер, т. е. развертывается через столкновения разных групп перестраивающегося
общества. Взрывы гражданской войны и внешних войн чередуются с периодами
"мирных" реформ. Революции хозяйства, техники, знания, семьи, быта, нравов,
развертываются в сложном взаимодействии друг с другом, не давая обществу
достигнуть равновесия. В этом перманентный характер социалистической революции,
как таковой.
ロシア語原文の В течение неопределенно
долгого времениという部分は、中野氏が正当にも指摘しているように、「その期間を確定できないある長い時間にわたって」、つまり「いつまでと長さを明確にしえない期間」という意味なのである。
榊氏がロシア語原著に即してこの部分を「無限の長期間」と訳したとするなら、それはロシア語学力の欠如を示すことになるであろう。
ここでも姫岡訳は榊氏の「理論活動」に寄与したのである。
もうひとつ見過ごしにできない重大な問題点がある。榊氏はさきの一節を根拠として、トロツキーによれば、「けつきょく社会主義革命は『無限の長期間(!)』にわたることになる、というのである」とする(47ページ)が、ここでの肝心の部分ーー榊氏が引用している文の中の「すべての社会主義的諸関係は変革される」の「社会主義的」という部分は原文ではたんに「社会的」なのである。
姫岡訳を見ればわかるように、榊氏が「改竄的引用」をしている姫岡訳でさえここは「社会的」になっている。
「社会的」を「社会主義的」にすりかえるーー-これこそ正真正銘の改竄でなくてなんであろう! それも独創をよそうために? 重大かつきわめて悪質な「改竄」!
おそらくは「社会主義革命が無限の長期間にわたる」という命題をあみだしてトロツキーにぬれぎぬを着せるための。
2 共産党最高幹部・不破哲三氏における幻の出典
つぎにとりあげるのは、不破哲三氏の『スターリンと大国主義』(新日本出版社、1982年)という書物。不破氏はいうまでもなく共産党最高幹部。その地位は榊理論委員長をしのぐ。こちらは絶版になることもなく、いまでも販売されている(リンク画像参照)。
かれはそこでスターリンの「誤謬」なるものについて多面的に論じるのだが、トロツキーのスターリン批判にはまったく論及しない。それどころか、あいもかわらずトロツキーの反革命性を云々する。刊行から20年以上もたち、ソ連体制が崩壊し、共産党がその体制を犯罪的だったと見るにいたった現時点(2004年)でも、不破氏のこの本が販売されているところを見ると、氏のそこでの認識は、トロツキー論を含めて以前と変わっていないものと見える。そうしたソ連認識の是非についても当然、問題にしなければならないのだが、ここは翻訳出版について問題にする場なので、その面での問題点にふれるだけにとどめる。
本稿は、1988年に『労働運動研究』誌に寄稿した「不破哲三氏の<方法>への疑問」をもとにしている。
① 問題点の第一。
不破氏はそこでスターリンの民族理論にたいする批判ーーというより、ある学者の受け売りーーを展開している。そのさい、氏はロイ・メドヴェージェフの著書に引かれている学者の所説を援用する。それ自体は別に問題ではない。
問題は、氏が参照したというメドヴェージェフの著書なるものである。
不破氏はそこで「メドヴェーデフ『スターリン主義の起源と帰結』一九六八年刊から」引用した旨を記している(16ページ)。出所を示していることは評価していい。
しかし、氏はそのような書物(表題と刊行年に注目!)をいったいどこから入手したのであろうか? それが問題なのである。不破氏はその書物の肝心の版元を示していない(引用ぺージも)。
それは邦訳書なのか、ロシア語の原書なのか、それとも他の外国語訳か?
私の知るかぎり、メドヴェージェフの先の書物に相当する邦訳書は『共産主義とは何か』しかない。訳者は石堂清倫氏、出版社は三一書房。しかしこの邦訳は、不破氏が依拠したものとは表題がちがう (石堂訳では副題は「スターリン主義の起源と帰結」となっているが、書名自体は『共産主義とは何か』である)。もっと重要なこととして刊行年がちがう。石堂訳は上下の2巻にわかれていて、刊行は上巻が1973年、下巻が1974年である。不破氏が参照したのは、1968年刊行のものだという。
では不破氏はロシア語版に依拠したのか?
しかし著者メドヴェージェフの©がついている原典は、表題が К суду истории(『歴史の法廷へ』)となっている (ただし副題は Генезис и Последствия Сталинизма「スターリン主義の起源と帰結」)。©は1971年、はじめはカナダで刊行され、ついで改訂版がニューヨークで出ている(1974年)。つまり、これまた表題も刊行年もちがう。
いったい不破氏が使った書物はどこから刊行されたものなのか? もしかしてソ連で1968年に「地下出版」されたものか? そういう書物が現存するのか?
しかし、それなら©のついた権威ある原典があるというのに、なぜわざわざ「地下出版」を?
このように疑問はつきない。
著者には一般に引用文献を明示する法的責任さえあるのではないか?
まして不破氏は、公党の最高責任者として、いくたの著作物を世に送り出している著述家である。
読者にたいして、国民にたいして、自説の根拠となる出典について説明責任があるのではないか。
私なりに謎解きをしてみた。私の解はこうである。
不破氏は、石堂氏の先の邦訳に依拠しているのである。だが、石堂氏の訳書に依拠したという事実を隠すために、副題を書名にすることで、出典を捏造したのである。カムフラージュである。
では、1968年という刊行年はどこから? ヒントは石堂邦訳書の「著者はしがき」にある。著者は「はしがき」の末尾に「モスクワ、1968年」と記している。
しかし、さすがに版元までは捏造できなかった。共産党出版部とか新日本出版社を版元にすればよかったのだが、それではすぐ捏造がばれる。そこで版元にはふれないことにしたのである。
こうして幻の書物が登場した。
なぜそのような手の込んだカムフラージュ=出典捏造をしなければならないのか? まことに不可解な出典操作である。その面での謎解きは末尾で。
② 問題点の第二。
不破氏はスターリンによる粛清に関連して、スターリンの悪名高い階級闘争激化論を長々と引用(9行にもわたって)し、批判を加える(82-83ページ)。
スターリンの所論とは、1937年3月のソ連共産党中央委員会総会での演説のことである。だが氏は出所を示していない。ほかのところではスターリンの引用にさいしてはきちんと出所(大月書店版の『スターリン全集』に依拠)を示しているのに。しかし、問題のスターリンの演説は、大月書店版の『スターリン全集』には収録されていない。その底本であるロシア語版にも。
不破氏はいったいどこから引用したのか?
ロシア語の原典からか? もしそうならどんな原典? それとも他の外国語訳からの重訳?
しかし、不破氏がロシア語原典から訳出したにしては、不破氏の引用文はある既存の邦訳にすこぶる酷似している。
その邦訳とは『スターリン主義とアルバニア問題』(合同出版社、1962年)に収録されている 「党活動の欠陥とトロツキスト的およびその他の二心者を根絶する方策について」という「資料」(以下単に「資料」)のことである。
「資料」の文章と不破氏の文章(下記)とを比べて見れば歴然とするように、両者の類似度はかなり高い。それぞれを画像でも提供するので確認していただきたい。
■ 不破引用文(<……>内の部分)
「階級闘争激化のテーゼ
スターリンは、一九三七年三月の中央委員会総会で、キーロフ事件以後の教訓をつぎのように定式化した。
<「わが国の階級闘争が、われわれが前進してゆくにつれてますます消滅にむかい、階級敵はわれわれが成功をおさめるとともにますますおとなしくなるという腐った理論を打ちくだき、投げすてることが必要である」「それは腐った理論であるだけでなく、危険な理論である。なぜなら、この理論は、われわれの仲間を眠りこませ、おとし穴に落ちこませ、他方ではソビエト権力反対の闘争に力を結集する可能性を階級敵にあたえるからである」「反対に、われわれが前進すればするほど、われわれが成功をかちとればとるほど、打ち破られた搾取者階級の残党たちの怒りはますます大きくなり、彼らはますますはげしい闘争形態にうつり、ソビエト国家にたいしてますます低劣な行動をとり、命運つきた者の最後の手段として死物狂いの闘争手段にますますかじりつくであろう」>
三十年後に、毛沢東が、中国における「文化大革命」の"指導"理論にしたのも、スターリンのこの理論の一変種だった。」(82-83ページ画像)
不破氏が引用する文章の実に90%近くが「資料」のそれとまったく同じ文言(朱色部分)である。あとの10%も、語句が変わっていたり、漢字が仮名にたったりといったたぐいの違いで、同義の別の語句に変わっているだけのもの (たとえば、「というのは」が「なぜなら」に、「ソヴェト」が「ソビエト」に、「下劣な行為」が「低劣な行動」に、といったたぐいの言いかえ)である。
はたして、不破氏はロシア語原文から訳しているのか? 訳業の偶然の一致なのか?
しかし訳文が90%近くもまったく同じで、あとの10%もかなり酷似しているというような翻訳が偶然にできるということはまず考えられない。たとえば、原文が「わが国の階級闘争」というような語句なら、だれが訳しても100%同じになるであろう。訳語のほかの選択肢はほとんどないからだ。しかし、そのほかの語句では偶然に訳語が完全に一致するなど考えにくい。まして誤訳まで偶然に一致するなど。
「資料」や不破引用文の文面を、私が所蔵するスターリン著作集の当該ロシア語原文とつきあわせてみると、いくつか問題があることがわかる。朱色部分がそうである。
Необходимо разбить и отбросить прочь гнилую теорию о том, что с каждым нашим продвижением вперед классовая борьба у нас должна ❶будто бы все более и более затухать, что ❷по мере наших успехов классовый враг становится ❶будто бы все более и более❸ ручным.
Это — не только гнилая теория, но и опасная теория, ибо она усыпляет наших людей, заводит их в ❺капкан , а классовому врагу дает возможность ❻оправиться для борьбы с советской властью.
Наоборот, чем больше будем продвигаться вперед, чем больше будем иметь успехов, тем больше будут озлобляться остатки разбитых эксплоататорских классов, те ❼скорее будут они итти на более острые формы борьбы, тем больше они будут ❽пакостить советскому государству, тем больше они будут ❾хвататься за самые отчаянные средства борьбы, как последние средства обреченных.
( И.В.Сталин. Сочинения, Т. 1[ⅩⅣ]、1934-1940. Stanford University,1967 ,
pp.213-214)
朱色の部分にかんして不破引用文での訳語に注目したい。
❶ будто бы は「想定」であることを示す語句。それはどちらの邦文でも生かされていない。「……という」という普通の接続詞でごまかされている。本来なら「……とかいうような」のように想定であることを示す訳語にする工夫が必要なところ。
❷ по мере 不破引用文では「……とともに」だが、正確には「……に応じて」。両者は決して同義語ではない。
❸ ручным どちらも「おとなしくなる」だが、もともとは「飼い慣らされる」なので、
訳語が一致する必然性はない。
❺ капкан 「罠」の意。「陥穽」を「おとし穴」などとせずとも、「罠」ですむはず。
❻ оправиться 「(痛手などから)……立ち直る」という意味。「勢力を集結する」という訳はだいぶ違う。不破引用文のように、それをさらにいじくって「力を結集」などと言いかえるのは、かなり滑稽。
❼ скорее 「それだけ速く」がどちらにも落ちている。
❽ пакостить「いやがらせをする」の意。なぜ「低劣な行動」などと「低劣な」言いかえをするか?
❾ хвататься за самые отчаянные どちらの訳文でも最上級の形容詞 самые が訳されていない。また хвататься за は「とびつく」の意。「かじりつく」は変。原意がつたわらない。
以上の検討からわかるように、不破引用文はロシア語原文から訳出されたとは考えにくい。
訳業上の問題点も含めて、「資料」の文字どおりの引用(90%ほど)と、「資料」訳語の別の同義語への加工と判断できよう。もしみずから訳したと主張するなら、それは誤訳と盗訳にみちみちているということになる。
出典を明示して既存の邦訳を使うことはなんら違法ではない。それに拠っているなら、なぜそのことをきちんと読者に説明しないのか? なぜほとんど意味もない言いかえをしなくてはならないのか? 榊氏のように、「独裁」を「執権」にかえる政治的理由はわかる。「ソヴェト」を「ソビエト」とするのもわからいでもない。
しかしほかの言いかえの理由は?
文字どおりの引用を嫌ったとしか言いようがない。しかし、依拠した出典を示さないかぎりやはり「改竄的盗訳」としか言いようがないであろう。
なぜ「改竄的盗訳」にあえてかじりつくのか?
その謎の唯一の「解」は、訳者が共産党にとって目の敵である反党分子だということであろう。トロツキー信奉者も含めて。
さまざまな理由で原典を利用できない(入手できない・原文が読めない)くせに、なんらかの都合でそれを利用せざるをえないというようなとき、既存の邦訳に頼るしかないのだが、反党分子の訳書に頼ることは党の沽券や規律に触れる。そこで,
それに頼っていないようにカムフラージュし、自主的な出典操作を装うわけである。いろんな手品を弄して。
これが「科学的」社会主義を標榜する公党の最高幹部の理論活動だとは!
しかもそれは著作権法に触れる行為ではないのか? 「改竄的盗訳」は、一種の「盗作」である。