ノルベルト・フォラツェン氏の提言

『北朝鮮を知りすぎた医者』と『北朝鮮を知りすぎた医者・国境からの報告』から)


フォラツェン関係のサイト(Yahoo.com リンク)

 最新の重要発言

   2002年11月27日 共同記者会見(英語・一部日本語)

     アメリカ上院での証言(2002.6.26)

   April 22, 2002 House Subcommittee on East Asia and the Pacific

International Relations Committee

         (金正日を国際刑事裁判所で裁くようにというアピール)

     国連の難民対策の問題(2002.11.27)

    Dr. Norbert Vollertsen advocates for North Korean's human rights in U 


   フォラツェン氏の眼に映じた北朝鮮は、<残忍きわまりない弾圧によって国民を支配下におこうとする

スターリン主義の恐怖政治>、<オーウェルの『1984年』も及ばぬほどの国家>(『北朝鮮を知りすぎた

医者』pp. 2)であり、<生き地獄・狂気の世界>(『北朝鮮を知りすぎた医者・国境からの報告』)である。

かれが北朝鮮からの亡命者でもなく、いわゆる<反共主義者>でもない。ヒューマニズムを身上とするドイツ

の医師である。かれはみずからの皮膚を患者に移植手術したことで、北朝鮮の国内を車で自由に歩きまわる特

権を得て、各地で、ほかの外国人がアクセスできない実態を見聞することができた。

 その事実認識は信用できるし、北朝鮮の人民の生命と人権を守るためのその提言は、傾聴に値する。

 北朝鮮の病についてのかれの診断は、体制の打倒ある。
 

「私は北朝鮮を知っている。実際にそこで生活し、地獄と狂気の世界をこの目で見た。一九九九年七月、

私はドイツの緊急医師団<カツプ・アナムーア>の医師として北朝鮮に入つた。そこでの生活は国外追放

になる二〇〇〇年十二月三十日まで続いた。追放されたのは、人権侵害と、食糧援助がほんとうに必要と

している人々に行きわたつていないことで当局を批判した直後のことだった。北朝鮮の飢餓は天災による

ものではない。明らかに人災である。それを解決するには体制を打倒するしか道はないだろう。人権は完

全に無視されている。農民は国家の奴隷となり、極度の貧困にあえいでいる。彼らが存在する権利ーー生

きる権利さえ、ないがしろにされているかのようだ。」(『北朝鮮を知りすぎた医者・国境からの報告』、

16-17ページ)
 

 ■ どうすればいいか?

   
 * ジャーナリズムの責任
 

 「情報は世界を動かすことができる。また、ジャーナリズムは独裁政権を打倒する力さえもっている。

このことは世界の歴史上初めて、北朝鮮において証明されるにちがいない。独裁政権の惨状を伝える報道

を抑制すれば、いつまでも悪魔のような北朝鮮政権をのさぱらせることになってしまう。これからも北朝

鮮では何千もの無実の人々の命が失われていくことだろう。沈黙を保っているような非人道的なジャーナ

リストにも、その死の責任の一端があるということだ。」

 ジャーナリズムの国際的ヒューマニズムの発揮が主張されている。日本のマスコミも客観報道主義の立

場が問われていると言える。
 

 * 国連機関の無責任
 

 フォラツェンはみずからの経験にかんがみて、あまり国連機関を信用しない。

 「ワシントンとニューヨークの人権監視委員会の人たちと話しあう。かれらはたしかに興味をもって聞

いてくれはしたが、北朝鮮のかかえている問題についての声明はいっさい公表しなかった。「公の」機関

の反応はどちらかといえばがっかりするものだった。国連の機関というのは、北京の国連難民高等弁務官

事務所に難民が押しかけたときのように、住民からの圧力をじかに受けるか、あるいは世論を背景にジャ

ーナリストが熱心に働きかけたときしか動こうとしない。それが身にしみてわかった。これでは、本来国

連の職務であるはずの世界じゅうの難民保護というにはほど遠いではないか。同じように不可解なのは、

平壌の国連機関の態度だ。たとえば世界保健機関や世界食糧計画、国連開発計画など。これらの機関はい

まなお、北朝鮮のような政府に人道援助をすることの問題性についてこれっぼっちも考えようとしない。

この国の政府は食料援助物資を大急ぎでドルに換えるか、もしくは直接軍に分配することに全力をあげて

いるというのに。苦しんでいる国民を助けようなどという気はさらさらない。なぜなら、相も変わらずか

れらは、食料を与えないでいることが服従させるためのいちばん手っ取り早い方法だと考えているから

だ。政治の武器として飢えを使う。国連機関の目の前で。いや、それどころか国連の援助によって。」

(188ページ)
 
 

  ■ 金正日を国際司法裁判所へ
 
 

 金正日のせいで人々が拷問され、餓死させられている。それはポル・ポトやミロシェヴィツチのそれに類

する人道に対する罪である。そこでかれは、金正日を国際司法裁判所にひきだすことを提言する。

 「金正日は国民殺害の罪を犯しているのであり、ピノチエトやホーネツカー、ポル・ポト、ミロシェヴィ

ツチ同様、人道に対する罪を犯したかどで有罪にされねばならない。中国や北朝鮮は、国境地帯の北朝鮮

難民の扱いにおいて、明らかに国際法を犯しており、それゆえに責任を問われるべきだ。各国は協力して

いますぐそのための法廷を開く努力をしなければならない。戦後、ナチス戦争犯罪人が裁かれたドイツの

ニュルンベルク裁判のように。あるいはその後のピノチェトやポル.ポト、ホーネッカーやミロシェヴィッ

チのように。一人でも多くのユーゴスラビアの戦争犯罪人が国際司法裁判所に引き出されれば、金正日と

その党幹部たちがそこで裁かれる可能性もまた大きくなるのだ。人権保護については世界でますます重視

されるようになっている。この動きを引きつづき支えることが大事だ。地球に残っているすべての独裁者

に対して、もはや先は長くはないということを示すために。」(195-196ページ)
 
 

  ■  国際的なNGOを
 

 「北朝鮮の・・・人権保護を目的とした国際的なNGOをつくらなければならない。拠点はベルリン、ワ

シントン、ソウル、東京、パリ、ロンドンなど。このNGOの目的は、さまざまな活動を手配し、情報を与

え、世界の人々に北朝鮮の人々の運命を知らせ、北朝鮮の悲劇を終わらせるよう、あらゆる政治的な措置

を取って世界じゅうの政府に働きかけることだ。

 インターネツトを通じてのコミュニュケーシヨンやE・デモクラシー・・・によって、いわゆる草の根民

主主義の活動が世界の出来事や政治に与える影響はますます大きくなってきている。」(196-197ページ) 

 


 
   フォラツェン氏はすでに2001年2月23日、国連の国際司法裁判所にあてて「金正日を訴える」という告訴状

を提出している。『北朝鮮を知りすぎた医者』(草思社、2001)によれば、それはつぎのような内容の

ものである。


 「 国連・国際司法裁判所に宛てた金正日告発の請願書


 世界市民として我々は、北朝鮮市民と中国から本国へ送還された政治的・宗教的難民に対する計画

的、徹底的、間断ない犯罪の容疑で、国連刑事裁判所が金正日を告発するよう要求する。
 
 人権に対する犯罪は、過去一〇年以上にわたって十分に立証されてさた。以下にあげるのは、今

日でもなお続いている迫害の代表的な例である。

 一、二〇万人以上の無実の北朝鮮人が北朝鮮の強制労働収容所に不当に投獄され、基本的人権を

  剥奪されている。

 二、判決の対象となるのは、被告の家族も含む。

 三、一九八七年十一月二十九日、金正日は、大韓航空機八五八便の爆破を命じ、一一五人を殺害

  した。

 四、一九八三年、金正日は、ビルマのアウンサン廟の爆破を命じ、韓国の外務部長官等一七人を

  殺害した。

 五、二〇〇万人以上の北朝鮮人が餓死した。

 六、ほぼ四五四人の韓国人を北朝鮮へ拉致した。

 七、一〇人の日本人をも拉致した。

 八、安承運師(一九九五年)、張セチョル(一九九九年)、金ドンシク師(二〇〇〇年)を拉致し

  た。

 九、二〇〇〇年には、二〇万人を超える北朝鮮人が政治的・宗教的理由で難民として、モンゴル

 、ロシア、ベトナム、ミャンマー、その他の隣接する国々に庇護を求めて、中国に逃れ滞在して

  いる。その人々が、中国によって北朝鮮本国に送還され、拷問、投獄、処刑などの迫害に苦し

  められていることは、今や周知の事実である。

  金正日による非人道的迫害は、国連によって抗議され、国連裁判所で法に照らして処断され

 なければならない。彼が、国際的な犯罪者・テロリストとして告訴されるまで、我々自由世界の

 市民は告訴要求を続ける。したがって、我々はここに、連帯し、告訴を要求する。」(pp. 255-256)

  氏は、国連刑事裁判所にたいしても同じ趣旨の提訴をおこなっている。「pp. 257-259」
 
  フォラツェン氏をそうした献身的な活動へと駆り立てるものは、祖国ドイツのかつてのナチズム

 にたいする反省である。「私たちドイツ人は、強制収容所の惨状を知っていながら何もしなかったと

 非難された・・・私たちが歴史から学んだのなら、私たちはーードイツ国民ならなおーー行動を起こ

 さなければならないだろう・・・私の息子たちがいつの日か、私をこういって非難するようなことが

 あってはならない。<パパ、知っていたのにどうして何もしなかったの?>」(pp. 253-254)

  日本の自由主義史観論者からすれば、これもドイツ式の「自虐」史観とされるのであろう。

 しかし、私は北朝鮮人民のための、また金正日体制の犠牲になっている人々を救おうという氏の命がけ

 の闘いは真の意味で崇高なものだと思う。この日本でもフォラツェン氏の活動を見習うような、あるいは

 かれ自身を少しでも支えるような運動が起こることを願わずにいられない。