1 山田侑平氏の問題提起:カー『危機の二十年』の邦訳批判

 山田侑平氏(人間綜合科学大学講師)の「岩波文庫 あの名著は誤訳だらけ」(『文芸春秋』2002年4月号)という論攷はたいへん勉強になった。私も岩波文庫で2点ほど訳書を刊行しているので、氏の問題提起はひと事ではなかった。訳業の質がなにより重要であることはいうまでもないが、その訳業の問題点を指摘されても、それににたいしてなんら対応しようとしない訳者、とりわけその刊行に責任を負う出版社・編集部の姿勢は実に憂慮すべきものである。
 
 岩波文庫といえば、日本ではすこぶる権威をもっている。井上茂訳のカーの『危機の二十年』にかぎらず、同じ訳書がいくつかの出版社から刊行されていれば、一般には岩波文庫版が選ばれるであろう。それは、
山岡洋一氏も『国富論』の邦訳についてのべているとおりである(後述)。少なくとも、私は長年、そのような選書生活を送ってきたし、自分のトロツキー翻訳にしても、岩波文庫から刊行されることに多大な意義を認めればこその同社からの刊行であった。
 まして、『危機の二十年』の訳者が高名な法哲学者で、お茶の水女子大の学長をつとめた学者で、しかも国際関係論が専攻の中嶋嶺雄氏(元東京外国語大学長)が同訳書を推薦しているとすれば、一般の読者は、権威ある訳書として、受けとめるのはほぼ必至である。つまり、『危機の二十年』にかんしては、発行元が岩波書店であること、岩波文庫収録のものであること、訳者が高名な学者であること、別の権威ある専門家も推奨していることがその権威づけの根拠とされており、訳者の語学力など知りうる立場にない一般の読者としては、それらの根拠で選定するしかないわけである。それだけ、そうした根拠の提供者の社会的責任は大きいと言える。

 山田氏の同論攷での検討結果の報告を読む限りでは、井上茂訳のカーの『危機の二十年』には、ごく一部なのかも知れないが、たしかに誤訳や不適切な訳文があることがわかる。そして、氏の調べによれば、この訳書は数々の大学で、国際政治関係の授業の教科書ないし参考書に指定されているそうである。学生は担当教員の指示で、欠陥商品を買わされていることになる。
 氏も岩波書店のような「出版界の良心」が平然と珍訳本をだすことなどありえないと信じていたが、自分自身の体験から、その可能性があると判断し、「本書の翻訳の欠陥を指摘したメモ」を編集部に送付したという。しかし、数カ月たっても回答はないとのことである。
 瑕疵の指摘が公になされないかぎり、訳者も出版社もそれを無視するということだろうか? しかし、山田氏が『文芸春秋』で問題を公にしたあとも、岩波書店がそれに対処したという情報はない。差別語問題ではあれだけ神経質になる岩波書店が、書籍の学術的価値という本質的な問題で頬かむりっしつづけるのは、なぜなのか? 
 訳者の責任、編集者の責任が問われている。黙殺していい問題ではない。
 
 もっともどこの出版社にしても、自社の出版物にたいする批判にいちいち対応する用意はないであろう。批判者に私的に回答することは可能であったとしても、一般の読者はそのことを知るすべがない。しかし、いまや多くの国民がインターネットを利用する時代である。各社ともその気があれば、インターネット上で心ゆくまで読者サーヴィスができる。誤植訂正さえ可能である。問題は著者・訳者・筆者と編集者・出版社が読者にたいする責任を感じるかどうかだ。
 一点でも瑕疵があれば、命にかかわる自動車や食品の場合ならすぐにリコールの対象になろうし、一般の生活必需品や日用品でも欠陥があれば、交換の対象になろう。出版の世界だけは欠陥商品が平然と流通していて、供給者側が問題の深刻さを感じていないのは奇異である。消費者側が瑕疵に気づきにくいのにつけこんでいるとしか思えない。
 別宮氏などかねてから欠陥翻訳に警鐘を鳴らし続けてきているのだが、出版社側も翻訳者側もまともに受けとめていないようである。

 
山田論文の帰趨が気になって同氏にE-mailで照会したところ、すぐに回答をいただいた。岩波書店側はやはりずっと黙殺を続けているようである。氏の了解を得たので、氏からの回答の一部を記す。

「紀要を送った後も、文藝春秋が出た後も、岩波からは一切連絡がありません。もっとも問題の文庫は絶版にした様子ですが。文藝春秋の編集者も岩波の音無しの構えには不思議がっていました。友人がみせてくれた日経連関係の雑誌に、企業の社会的責任を論じた文章が載っていて、そこで「岩波から受領の返事もない」という点を取り上げて問題にしていました。その文章の筆者も、岩波の出版物の間違いを指摘した時の体験を書いていました。「翻訳の世界」の元編集者によると、「欠陥翻訳時評」に対して、他の出版社はすぐ丁重な連絡があるが、岩波だけは無視するか、居丈高な反論(弁解?)があるかのどちらかだといっていました。」
  (山田氏のご好意で「紀要」論文のディジタル・テキストをいただいたので、掲載します。)

 
なお山岡洋一氏の「翻訳通信」のサイトに、岩波版『国富論』(水田洋・杉山忠平訳)の訳業についての吟味があるので、あわせて参照していただきたい。(「古典翻訳」のページ)

 岩波文庫翻訳問題は、先にものべたように私にとってもひと事ではない。つぎからは、しばらく拙訳を含めてそこでのトロツキー著作の邦訳について吟味してみたい。
 はじめは、自分自身の邦訳『裏切られた革命』について。